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ミューが旅立った時のこと [ミュー]

とある事情で、ミューがお空に旅立ったときのことを思い出し、書くことがありました。

サイトやブログには、今まで書かずに、書けずにいたこと。

でも、今日は書いておこうと思います。

 

2006年8月。

ミューは苦しそうに上体が反ってしまう状態でした。サイトに画像が残っています。

http://www12.ocn.ne.jp/~myuchan/myumyu5.htm (7月21日)

画像ではわかりませんが、痙攣もひどく、とても苦しそうで、主治医の先生に相談して精神安定剤をいただいていました。1日に3回の処方。これを使うと少し眠れるようでしたが、だんだんと効果がある時間が短くなっていき、先生にもお話して、服用回数は3回以上になっていました。

もう、あまり苦しい思いはさせたくありませんでした。

容赦なく襲う痙攣の苦しさに、どんどん上体が反って、自分の足では立っていることもできず、プラケの中で右に左によろけ、最後には転がってしまう。

そんなことが、日に何度も起きました。

ミューは、自力ではもうご飯を食べれなくなっていたので、フォーミュラーAAを1日3~4回強制給餌していたのですが、これも吐いてしまうので、お薬を混ぜたフォーミュラーをポカリスエットを薄めたもので溶いて、そ嚢に管を入れて与えていました。

お薬も新しく切り替えたときは効き目を発揮するものの、またしばらくすると吐いてしまう。

そんなことを何度も何度も繰り返していたのですが、その間隔もどんどんと短くなっていっていました。

サイトの記事にもありますが、このとき小動物用酸素吸入器を借りていました。が、これが途中で故障し、30分しか稼動しない状態になってしまいました。連続的に稼動できるということでレンタルしたものでしたが、これではもともと購入したエアーチャージャー(人間用)と変わりなくなってしまい、酸素が切れるとさらにミューの状態が悪くなるので、交換をお願いしました。

ようやく到着したのが8月8日の夕方。

 

「よかったね~ ミュー。 これで安心できるよ~

明日からお盆休みだからね。ゆっくり一緒に過ごそうね。プラケも新しいの買いに行くからね!」

 

仕事が終わった時間にも、ミューは苦しそうで、すぐに転がってしまうので、その日の夜は、ほとんどの時間を、何をするにもミューを抱っこして片手で過ごしました。

それが、ミューなりのお別れだったのかもしれません。

 

数日間、酸素吸入器が故障ですぐに切れてしまっていたので、夜中も30分ごとに起きてスイッチを入れなおしていました。その前に使っていたエアーチャージャーも同じく、30分ごとにスイッチを入れなおしていましたので、新しい機械が届いた8日の夜は、スイッチの心配もなく私も少し眠れました。

いつものように枕元にプラケを置いて寝たのですが、プラケに戻したミューのことが気になって何度か起きて酸素の出口を調整。午前4時頃見たときは、酸素の管の下で私に背中を向けるような体制で、すやすやと眠っていました。よかった・・・

 

8月9日午前8時。

ミューは先ほどとは向きを変えて、私の方を向いて眠っていました。

起こさないように・・・そっと私は布団からでて、部屋つながりのリビングへ。

いつもように、PCのスイッチを入れてWindowsを立ち上げる。

ネットをしながら、ふとさっき見たミューの様子をぼんやりと思い出し、なにか違和感を感じる・・・

 

起こさないように・・・と、またそっとミューのプラケのところへ行ってみた。

 

暗がりでよく見ると、ミューはくりくりのお目目を開けて、さっきと同じ体制で私を見ていた。

 

 

でも、その目にもう輝きはなかった・・・

 

「ミューちゃん! ミューちゃん!!」 

 

何度も何度も呼んだけど、もうミューは、あの優しい声で鳴くことも、返事の代わりに尾羽をブルブルっとすることも、もうなかった。

抱っこすると、その嘴には大量のフォーミュラーが・・・

 

私が昨夜10時に給餌したものが消化できずに吐いてしまって、それが詰まってしまったことが直接の死因だったのだと思いました。

背中の羽にもフォーミュラーがついていた。

 

私は泣きながら、コットンと綿棒を使って、ミューを綺麗にしてあげました。

 

ミューは、とっても可愛い顔をしていた。

 

プラケの中の最期の姿は、ちゃんと自分の足で立っていた。

 

 

想像を絶する寂しさと悲しさと

もうあんなに苦しく辛い思いをしなくてすむね。という思い。

もし、最後にミューが吐いたとき私が気づいてあげていたら・・・という後悔

 

それまでにも、ミューは同じように吐いてしまうことは何度もあったのだけど

いつもプラケにぶつかったり、羽をばたつかせたりする音で私がすぐに気づいて

吐き戻したものがつまらないように対処していた。

 

なのに・・・   同じ部屋にいたのに・・・

 

どうして最期のその時・・・私は気づいてあげれなかったのだろう。

どうして、ミューは教えてくれなかったのだろう・・・

 

私は1年5ヶ月が経った今も、自分が許せません。

 

長い間一緒に頑張ってきたのに、最期を一人で逝かせてしまった。

 

最期の最期で、一緒にいてあげれなかった・・・

 

 

あんなに辛い闘いをさせてしまった・・・

 

私がミューだったら・・・

 

もう、こんな苦しい思いはしたくない、

 

途中で、楽にして。 とお願いしたかもしれない。

 

 

ミューは、いったいどんな風に思い、考えていたのだろう・・・

 

  

私は、2年と5ヶ月の間、ミューに強制給餌をしてきました。

 

ただ、もし同じような状況で強制給餌をしないという選択をした方がいても

そして、あの壮絶な数日間と同じような状況で違う選択をしたという方がいても

私はその選択を決して責めることはないだろう。

なぜなら、私自身がもしかすると、ミューに過酷な道を歩ませてしまったのかもしれないから。

 

でも、私は少しでも長く ミューと一緒に過ごしたかった。

 

ミューは幸せだったのだろうか・・・

私は今もわかりません。

 

<2007年8月9日 ミューの1周忌 たくさんのお花に囲まれていました>

 


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